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ライフジャケット「義務化」について

既報の通り、2018年2月1日からすべての小型船舶の乗船者にライフジャケットの着用が義務化されることになった。身の安全を考えたら「当然だ」という声も聞かれるが、海の上という特殊な状況を考えると、本来は船長責任の範疇なのではないだろうか? 役所が画一的に定める「義務化」にはちょっと違和感を感じる。ライフジャケット「義務化」について考えてみたい。

text by Atsushi Nomura

国交省は落水時の安全性を考え2016年春頃から義務化への動きを加速させてきた。専門委員会の開催やパブリックコメントの募集を経て、2017年春、2018年2月からの全面義務化へと舵を切った。実際、ライフジャケットを着用していれば落水時の生存率は高まるり、国交省によれば約2倍だそうだ。筆者も個人的にボートに乗る際はおおむね着用しているが、今回の画一的に定める「義務化」の動きにはちょっと違和感を感じている。

 

本来、ライフジャケットを着用するか否かはあくまでも船長責任においてではないのか。自分自身が船長の場合は、その時どきの状況に応じて同乗者に着用を指示するし、そうでなければ船長の指示に従う。べた凪の海でデッキでのんびりしたいという時にライフジャケットを着用したりはしないし、荒れた海を走らなければならない時は何があっても全員に着用させる。

今回の義務化の話が出てきた時からずっと違和感があるのだけれど……じっくり考えて来て最近ようやく違和感の原因が分かってきた気がする。船長にリスクの判断をさせないことに違和感を感じているのだ。すなわち「義務化」とは着用するかしないかの判断を画一的に決めてしまい、船長に状況に応じた判断をさせないということだからだ。本来、船長がリスクに基づいて判断すべき事柄をないがしろにしている点に違和感がある。たとえば出航を決めるのは船長判断だし、国が画一的に決める話ではない。マリーナにレッドフラッグがたなびいていても、最終的な「出る・出ない」は船長自信の判断だ。自分のスキルと自船の性能とその日のコンディションとリスクとを総合的に判断する。それが本来の船長としてあるべき姿だと想う。こういったリスクを「判断」する流れにライフジャケットの着用も含まれるべきだから違和感を覚える。単純な義務化で判断能力を奪うよりも、「着る・着ない」「出る・出ない」という判断力の方が船長に求められる資質のように思う。

ここで取り上げた画像はすべてアメリカ・リーガル社の画像だが、今後はこういった画像自体も日本のメディアで取り上げられなくなる?ここで取り上げた画像はすべてアメリカ・リーガル社の画像だが、今後はこういった画像自体も日本のメディアで取り上げられなくなる?

気になったので世界的な状況も調べてみた。オーストラリアでは州ごとに法律が異なるようで、オープンウォーターでの航行中や4.8m以下のボートは義務化されているケースが多い。カナダは義務化されていないが、赤十字などの団体が義務化を求めている。アメリカも州ごとにルールが異なるが、子どもについては義務化されている州が多い。たとえばミズーリ州の場合、7歳未満の子どもは、キャビン内を除きボート乗船時は常時着用が義務化されている。さらに同州では航行中、すべての乗船者にライフジャケット着用が求められている。2014年の米国全土の統計によるとボートの事故の犠牲者の78%が溺死し、その内の84%がライフジャケットを未着用だった。こう見てくるとライフジャケットは世界的にも着用義務化の流れ出進んでいるようではある。

ライフジャケット着用義務化は世界的な流れだが、こういうシーンでも本当に必要?ライフジャケット着用義務化は世界的な流れだが、こういうシーンでも本当に必要?

ただ現状の国交省の定めた義務化制度には不可解な点もいくつかある。

 

先述のオーストラリアの例はニューサウスウェールズ州の規定だが、同州では4.8m以下のボートは着用が義務化されている。つまりライフジャケットがもっとも必要とされるのは、小型ボートということだ。しかし日本の場合、免許制度上の罰則規定のため、免許不要のミニボートやカヌー・カヤックについては今回の規制から除外されてしまっている。実際、カヌーやカヤックで未着用というのは余り目撃した記憶がないが、ミニボートでの未着用は散見する。本当の意味で安全を考えるのであれば、ミニボートこそ義務化すべきではないか?

 

また安全基準の「桜マーク」も疑問だ。輸入品に安全基準を満たさない物が多いと国交省は説明するが、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどの規格をクリアしているライフジャケットは日本でも使用を認めるべきだ。筆者はかつて海外で購入したインフレータブル機能付き厚手ジャケットを持っていたが、これは安全基準外のため仮に着用していてもライフジャケットを着用していないことになる。ノルウェーの漁師が使うようなヘビーデューティーなウェアだったが、日本のルールでは「桜マーク」が着いていないとだめなのである。筆者が所属するマリンジャーナリスト会議に国交省の担当者が説明に来た際(2016年春頃)、国際基準との整合性を取るような話も出ていたが、今回の「義務化」発表を見る限りはまったく進んでいないようだ。まだ約1年あるため今後の動きは分からないが、国際基準に基づく安全基準の見直しは早急に進めてもらいたい。

 

義務化は既定路線。2018年からは強制力を持つし、2022年からは罰則規定まで設けられる。より安全にボートレジャーが楽しめるのであれば、本来歓迎すべき「義務化」なのだが、今のままでは違和感ばかり先立ってしまう。

筆者プロフィール
野村 敦(のむら あつし)
ボート雑誌の編集者を経てフリーランスのライター・エディターになる。元マリンジャーナリスト会議座長、元日本ボート・オブ・ザ・イヤー実行委員長(現在は副実行委員長・選考委員)など。